熊本の午後はどんより。高く幾重にも雲が重なっています。いつ雷雨になってもおかしくありません。月曜日のお天気がとても懐かしく感じます。
午後の空


 窓から時折風が入ります。若干の湿り気を帯びています。今日のような日和の時には激しい調子の音楽を大きな音では聴いていたくありません。かといって湿っぽいのも濃厚なのもご遠慮をお願いしたい。と、今日はGilbert O'Sullivanの「アローン・アゲイン」が全米第1位になった記念日。オサリバンの音楽を想定してヒットチャートを手に入れたのが、ビリー・ジョエル。『僕はギルバート・オサリヴァンの次を狙っていた』と言ってのけたほど。ビリー・ジョエルは後にシンプルなピアノ・ロックに立ち返っていきますけれども、成功して自分の本当にやりたかった音楽をするための手段としての片道切符にすると言う考え方には学ぶ所がありそうです。



In a little while from now,
If I'm not feeling any less sour
I promised myself to treat myself
And visit a nearby tower,
And climbing to the top,
Will throw myself off
In an effort to make it clear to who
Ever what it's like when your shattered
Left standing in the lurch, at a church
Where people 're saying,
"My God that's tough, she stood him up!
No point in us remaining.
May as well go home."
As I did on my own,
Alone again, naturally

To think that only yesterday,
I was cheerful, bright and gay,
Looking forward to, but who wouldn't do,
The role I was about to play
But as if to knock me down,
Reality came around
And without so much as a mere touch,
Cut me into little pieces
Leaving me to doubt,
All about God and His mercy
For if He really does exist
Why did He desert me
In my hour of need?
I truly am indeed,
Alone again, naturally

It seems to me that
There are more hearts
Broken in the world
That can't be mended
Left unattended
What do we do? What do we do?

(instrumental break)

Now looking back over the years,
And what ever else that appears
I remember I cried when my father died
Never wishing to have cried the tears
And at sixty-five years old,
My mother, God rest her soul,
Couldn't understand, why the only man
She had ever loved had been taken
Leaving her to start with a heart
So badly broken
Despite encouragement from me
No words were ever spoken
And when she passed away
I cried and cried all day
Alone again, naturally
Alone again, naturally



 ギルバート・オサリヴァンが単身ロンドンに乗り込んでMAMレコードからデビューした60年代半ばは、サイケデリックとハード・ロックが洋楽の主流。シンガーソングライターの時代を迎えた1972年に、「アローン・アゲイン」は時代を先導する旗印のような名曲になりました。全米第1位を6週保持しました。

 エルビス・プレスリーはマネージャーが使い込んでいたりと、亡くなった時にはかなりの負債だったそうですが、それから現在まで、生前の収入以上の金額が遺族に渡っていると言います。亡くなってからのレコードの再発売、放送などやグッズなどからの版権収入が生前にエルビス・プレスリーが声をからして歌ったものよりも確かな手段で遺族の元に渡っているということ。ギルバート・オサリヴァンも『アローン・アゲイン』が大ヒットすると自分自身のレーベルを設立。ポール・マッカートニーが、『僕の後に続くアーティストはエルトン・ジョンとギルバート・オサリヴァン』といって、エルトン・ジョンが『ライバルは、ギルバート・オサリヴァン』と高く評価されているほどのメロディ・メーカーであり、自分の楽曲への自信は相当なものだったのでしょう。自分の楽曲だけを管理する実業家のような趣です。

 アニメにも『アローン・アゲイン』は日本で使われていたように、CMなどで耳にする機会が多いですね。然し、その度に発売されるレコード会社が違います。最初にロンドンレーベルから発売されたこの『アローン・アゲイン』を含めたベスト・アルバムは、A&MやCBS・SONY、ポリドール、EMIと大レーベル各社から発売されています。

 モーツァルトのライバルとして知られるサリエリに、亡くなる間際まで学んでいたシューベルトの生前は、仕事を得ることもできなかったわけですけれども、死後遺族には大作曲家の家族と呼ばれる時代が訪れています。一方ロッシーニは18歳でオペラ作曲家としてデビュー。これがさっそく大ヒット。それから年に4作品を発表し続けて、39作品目にあたる『ウィリアム・テル』を成功させた37歳でぷっつりと作曲を切り上げます。そして亡くなるまでの40年間は料理屋さんを営んでいます。オペラを成功させる才能がありながら、料理への意欲もあり新しい料理を創案する才能もあったわけです。そう言えば、ドヴォルザークも作曲家を辞めて肉屋をしたかったと言います。『ドヴォルザークがゴミ箱に捨てたメロディーで、一曲書くことが出来る』とドヴォルザークのメロディメーカーとして評価していたのはブラームスでした。





Gilbert O'Sullivan HIMSELF

A1
Intro (0:23)

A2
January Git (3:09)

A3
Bye Bye (3:18)

A4
Permissive Twit (4:10)

A5
Matrimony (3:14)

A6
Independent Air (4:26)

A7
Nothing Rhymed (3:21)

B1
Too Much Attention (2:30)

B2
Alone Again (Naturally) (3:40)

B3
If I Don't Get You (Back Again) (2:41)

B4
Thunder And Lightning (2:47)

B5
Houdini Said (4:55)

B6
We Will (3:52)

B7
Outro (0:33)


Credits:
Arranged By - Johnnie Spence
Composed By, Music By, Lyrics By - Gilbert O'Sullivan
Engineer - Peter Rynston
Producer - Gordon Mills



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