ひとのきもち

ヘ長調は夜の蝶。 「そんなアスリートおへそで…放っておきませんよ、誰もが。」 と、言われましたよ。おヘソを激しく愛でられるのが好きなので、いやらしく目立つ大きなおへそに整形して、需要と供給が常に成立。良か音色で鳴るチェロです。

2018年08月

小学校の卒業文集に『ストリッパーになる』と書いたのを、『ダンサーになりたい』に書き換えられていた変わり者です。 クラシック、ジャズ、ロック(ヴィンテージもの)のレビューを書いたり、風俗情報サイトのコラムを書いています。
修学旅行の時に大浴場でお風呂に入っている時に、おヘソを無くしました。相手はその旅館にやってきた雷さま。高校生時代にモデル事務所に属してAV経験。売りにもしたおへそを整形。卒業式の夜に地元のソープ店に。日中は局勤めを経て、レコードショップの手伝いをしています。
やり放題で生きてきました。ご指名予約があれば、御相手致します。「スレンダー Gカップ」で検索してください。ただし、熊本地震で被災し、避難所生活中なので現状はレコードの通販以外はお休みしています。

お風呂場にGが隠れていた ...

玄関を開けたら、壁に張り付いていたカベチョロがめがけて飛びかかってきた。うまいことやり過ごしたようで、重い玄関扉の下敷きになった ... ようだ。
深夜に激しく降った雨で、気温は高いままなれど、秋の深まりが始まった。コオロギは恋愛の盛りだが、小動物によっては活動期限が迫っているのだろう。
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総合記事ランキング33位に〜ギシッと揺れた。9時46分、熊本地方で震度2の地震 ― この地震により観測された最大震度は2です。

ギシッと、音がして揺れたように感じてキッチンで様子をみた。地震速報が出るだろうかと、注意しながらテレビを見ていたら、ドドーンと雨降り。もうもうと烟を上げているような、爆音がすぐには雨だとはわからないほどでした。強風が叩きつけてきたら、暗闇の中を竜巻が通っているのかと思っただろう。
雨粒がわからないほど、水の壁が建てられているようだった。
昨日の深夜、いきなり降りだした雨は滔々と降り続けていた。今朝の天気は晴れ渡り、夏の厳しさに変化を感じさせるぐらいです。蝉の鳴き声は、すっかりコオロギの声に置き換わってしまった。雨の上がった舗道は、洗浄車が通った痕のようにキラキラ。鏡面加工されたように見える。続きを読む

総合ブログランキング第8位になりました。

おてもやんブログで、稀少アナログLPレコード、優秀録音盤を中心に紹介しています。 名盤のコレクション、名曲鑑賞の手引にして欲しくて100年後でも聴いて楽しいレコードを選びました。

otemoyan-ranking  2018-08-30 103055

総合記事ランキング46位に〜ギシッと揺れた。9時46分、熊本地方で震度2の地震 ― この地震により観測された最大震度は2です。

ギシッと、部屋の角々が音を立てて揺れた。突き上げる感じだった。22日の震度4のあと、震度2、震度1の地震が計3回ありましたが、その時とほとんど同じ震源だった。その震度4の地震の余震でしょうか。続きを読む

総合記事ランキング16位に〜くっきりとした地震の揺れ。18時27分、熊本地方で震度4の地震 ― この地震により観測された最大震度は4です。3

江戸時代には江戸の一つの街に、270の講釈場があったそうですが、芝居をやがてするようになって今は講釈師は日本全国でも80名ほどしか活動していないといいます。講釈の特色は見台があって、ポイントとなるところでは扇子で叩いて場を引き締める。落語以上に聞き手は集中している現代の様子ですが、江戸時代は落語に近い座の雰囲気ではなかったのかしらね。
関西の落語には、この見台が受け継がれています。江戸の落語は、漫才をひとりで演じている風情でもありますね。
2018年7月2日に81歳で亡くなって惜しまれた、桂歌丸さんの落語を、TBSの「落語研究会」で観ました。演目は「牡丹灯籠」より「栗橋宿」。「栗橋宿」は、江戸時代末期から明治時代に活躍した落語家・三遊亭圓朝が創作した長編の怪談噺「牡丹灯籠」の中の一章。昭和の夏には定番だった怪談「牡丹灯籠」の後日談となる部分でした。昔に映画でその下りを見た記憶もありますが、最近は怪奇なところだけでまとめられがちですね、でも、牡丹燈籠のお化けは、過去の因縁などではなく若くて死んだお嬢様が草葉の陰から見かけたイケメンについてくるというもの。それはそれで迷惑感もありますが、お化け話の後に続く「栗橋宿」は、人情モノのように話が進む。それが次第に狂気を明かしていって、、、と、話が終わるとゾクゾクッ。お化けより生きた人間のほうが怖いや。
古典落語の中から歌丸師匠が特に心血を注いでいたといわれる「三遊亭圓朝噺」の一つ、今日では「三遊亭圓朝噺」の第一人者といわれるようになった歌丸師匠だが、そのきっかけとなったのが、当『落語研究会』においてプロデューサーを務めていた白井良幹氏(故人)から出演の際の演目として「三遊亭円朝噺」に取り組むよう薦められ、昭和の大真打といわれる六代目三遊亭圓生、八代目林家正蔵に続く「三遊亭圓朝噺」の継承を担いました。
放送されたのは1994年(平成6年)7月20日(水)に国立劇場小劇場にて行われたTBS主催第313回「落語研究会」で公開収録された高座で、その時、歌丸さんは57歳。記憶力は現代落語会随一と言われる歌丸さんだけに、言い間違いは素直に言い直されている箇所が2度ほど。重責を感じながら語られていることが感じられました。続きを読む
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別名めーてる。ほなたり♪毎日クラシック音楽を楽しみ、熊本城稲荷神社に時々出没する元巫女の妖狐。十代の時に熊本の有名なソープグループとの縁を結びました。

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