江戸時代には江戸の一つの街に、270の講釈場があったそうですが、芝居をやがてするようになって今は講釈師は日本全国でも80名ほどしか活動していないといいます。講釈の特色は見台があって、ポイントとなるところでは扇子で叩いて場を引き締める。落語以上に聞き手は集中している現代の様子ですが、江戸時代は落語に近い座の雰囲気ではなかったのかしらね。
関西の落語には、この見台が受け継がれています。江戸の落語は、漫才をひとりで演じている風情でもありますね。
2018年7月2日に81歳で亡くなって惜しまれた、桂歌丸さんの落語を、TBSの「落語研究会」で観ました。演目は「牡丹灯籠」より「栗橋宿」。「栗橋宿」は、江戸時代末期から明治時代に活躍した落語家・三遊亭圓朝が創作した長編の怪談噺「牡丹灯籠」の中の一章。昭和の夏には定番だった怪談「牡丹灯籠」の後日談となる部分でした。昔に映画でその下りを見た記憶もありますが、最近は怪奇なところだけでまとめられがちですね、でも、牡丹燈籠のお化けは、過去の因縁などではなく若くて死んだお嬢様が草葉の陰から見かけたイケメンについてくるというもの。それはそれで迷惑感もありますが、お化け話の後に続く「栗橋宿」は、人情モノのように話が進む。それが次第に狂気を明かしていって、、、と、話が終わるとゾクゾクッ。お化けより生きた人間のほうが怖いや。
古典落語の中から歌丸師匠が特に心血を注いでいたといわれる「三遊亭圓朝噺」の一つ、今日では「三遊亭圓朝噺」の第一人者といわれるようになった歌丸師匠だが、そのきっかけとなったのが、当『落語研究会』においてプロデューサーを務めていた白井良幹氏(故人)から出演の際の演目として「三遊亭円朝噺」に取り組むよう薦められ、昭和の大真打といわれる六代目三遊亭圓生、八代目林家正蔵に続く「三遊亭圓朝噺」の継承を担いました。
放送されたのは1994年(平成6年)7月20日(水)に国立劇場小劇場にて行われたTBS主催第313回「落語研究会」で公開収録された高座で、その時、歌丸さんは57歳。記憶力は現代落語会随一と言われる歌丸さんだけに、言い間違いは素直に言い直されている箇所が2度ほど。重責を感じながら語られていることが感じられました。
otemoyan-ranking  2018-08-25 41246

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